宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

ホームランボール

昨日はとても楽しかった。
さんごと哲夫と一緒に、日ハム対横浜のオープン戦を外野席で観戦。招待券をくれた琉球新報の販売所さんありがとう。

野球などあまり興味のない私ですが、哲夫がとても行きたがり、ゆかりさんが仕事でつきあえず私がご同行でございます。

三人でマクドナルドで昼食をとり、車を球場近くのジンゴロウのアパート駐車場に捨てて、コンビニでお水とじゃがりこを仕入れ、いざ名護球場へ。

0224外野席でのんびり観戦していたが、そのうち私は寝転がり、空を見上げながらウトウトしていた。青い空に白い雲がまぶしかった。

そこに6階裏代打で登場した日ハム金子選手の打ったホームランボールが飛んできた。本当にすぐ近くだったけど、哲夫は他所の場所に遊びに行ってて、とても残念がってた。
「もう一度飛んでくるかもよ」ということで、私たちはその場所で観戦し続けた。哲夫なんか、少し離れた先ほどの落下地点に陣取っている。まるで切り株にぶつかる兎を待つ男のように。

奇跡は8回裏に起こった。私たちのところに、日ハムの木本邦之選手の打った打球が弧を描いて飛んでくる。私は青空に映える白い小さな打球を目で追った。哲夫が立ち上がり落下地点に走り出す。ユニフォーム姿の少年野球チームの子どもたちも向かってくる。哲夫が金網のフェンスの下に手を突っ込んでいる。何かをつかんでいる。ホームランボールは哲夫の手の中にあった。とても真剣に、一生懸命ボールをフェンスの上まで持ってきて、つかみ出した。ユニフォーム姿の子どもたちがうらやましがっている。哲夫は自慢げにすることもなく、その子たちにもボールを触らせてあげている。とてもうれしそうだった。私も幸福だった。
記念にお父さんがサインしようかと申し出たら、やめてちょうだいと、目が笑いながら怖れていた哲夫だった。

帰り道、春休みの関西行きの計画を話し合った。
ぜひ行きたいところは、哲夫は「ユニバーサルスタジオ」で、さんごは悩んだ挙句「奈良の大 仏」という答えになった。「なんかそれ」と茶化す哲夫に、「知らないばぁ、とても有名で大きいんだよ」と言って聞かすさんご、なんとなく感心する哲夫。 「それでいい、ふたつとも行こう」と私が答える。二泊三日か三泊四日かの多数決をとったら、三泊四日になった。私の意見など入れる由もなしである。私など 永遠でもいいと答えかねないのだから。
私は咲いているかいないかわからない「吉野の桜」を三人で歩いてみたいと思った。

関西への旅をご招待してくれた大西さん夫妻に、とても感謝している。

球場から戻り、土日は夜遅く朝早く友人に頼まれている仕事のために考えたり調べたり。あまり迷惑にならない程度には、メールで原稿やメモを送ることができて一安心。
いろんなことがあるけど、しっかりと生きていきたいと思う。

金曜日には、知人の後藤さんの依頼で、兵庫から沖縄を訪れている方々に宜野湾セミナーハウスで2時間ほどお話し。あまり上手に喋れなかったが、こういう場合に、この10年間に起こったことを整理したクロニクルのような資料が必要だなと思ったことは発見。
いま何が起きているかを考えるためにも、その編集作業は有意義だろうと思う。
誰か一緒にやる人いないかなぁ。

まっ、哲夫はホームランボールをゲットしたし、きっと何かいいことがある。