宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

沖縄の岐路

県知事選挙の結果が出るまで、あと数日になりました。
左側に《ギリギリKの会》へのリンクを貼っています。ぜひたずねてみてください。

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この夜が明けたら水曜日、もう4日しかない。
この県知事選挙がどれほど重要な選挙なのかは、語りつくせない。
97年の市民投票からずっと、新基地建設の問題に向き合ってきた。この問題を争点に3回も市長選挙をした。市会議員なんかになるつもりは微塵もなかったのに、このためだけに活動してきたといってもいい。今年の市長選挙だけは勝たなければならなかった。わたしは市長選挙を勝利できたら、市議をやめて生活者として歩きなおそうとさえ考えていた。結果は敗北。思い返せばあの時点で、わたしは建男さんの逝った名護市の市議会でどう闘うのか展望を失っていた。わたし個人の去就に関していえば、市議選の結果は、驚くことではなかったかもしれない。
この県知事選挙ですべてが決まる。ギリギリとは比喩でもなんでもない。
これまでを整理し、どこへ向かっているのかを展望しようとはじめている「仕事」も、資料をむさぼり読むだけで、手も頭もまともに動いてくれない。沖縄はどこに行くのか。夜のなか、そのことだけを思いながら
みつめている。闇を、光を。

 「米軍再編」で何が日米合意され、どのように実施しようとしているか。そのことについて、ここでクダクダ書く気はない。しかし、何が合意されなかったのかは重要である。

20051029_42004.4.26/27の日米審議官級協議(東京開催)で何が話し合われていたかを、「米軍再編」協議を取材してきた共同通信記者・久江雅彦氏の書籍から整理する。

ローレス国防副次官補は事実上デッドロックに乗り上げている辺野古移設を見直し「2004年中に8年以内の移設を決めなければ、同県内で別の移設先を選定する」方針を伝えた。日本政府はのらりくらり交わし、それから4ヵ月後に沖国大に米軍ヘリは墜落した。

■さらに米側は2008年以降に、第12海兵連隊の砲兵部隊800人、第4海兵連隊の歩兵大隊900人、輸送・補給部隊700人、支援部門200人、計2600人を沖縄から日本本土に移転することを提案した。

■そして「3年以内に普天間飛行場のヘリ部隊を暫定的に嘉手納基地へ移すことを検討」する姿勢を示した。

これら米側からの在沖米軍本土移転構想は、日本政府の消極姿勢でたなざらしになり、結局立ち消えになった。大野前防衛庁長官が新聞社のインタビューに答えているように、米側からは2005年にもシュワブ内に500メートルの滑走路での移設という提案がなされたが、これもうやむやにされ、結局、陸上案、沿岸案、浅瀬案が取りざたされ、埋め立てを伴う沿岸で1800メートルの滑走路二本のV字案という最悪の結末を迎えた。これはブヒ字案というしかないだろう。

沖縄の負担軽減などというのは建前でしかなく、迷惑施設である米軍基地を沖縄に押し付け続ける、日本政府の差別的な本音と稚拙な対米交渉があるだけである。

日米交渉は、血で勝ち取った沖縄島を占領し続け、日本国民の税金でグアムへの軍事拠点を整備できる米軍の一人勝ち。日本はアメリカの「顧客国家」。沖縄は生贄…


  軍事植民地であり続けるか
        ウチナンチュとして尊厳をとりもどすか

   わたしたちは決定的な分かれ道を前にしている


威勢のいい国防を考えている風の昨今の保守系右翼気取りの大方の物言いや、平和を希求する裏で日米安保を必要悪と是認する大多数の国民の偽善は、差別的な沖縄犠牲の上ですべて成り立っている。沖縄はどうする。歴史の転換点ともいうべき決定的な岐路である。

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次は(もう連載みたいな気になっている)《沖縄の岐路#2》。
「振興策」について少し問題を整理したい。…気力と余力があればの話だけど、ね。