宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

『顧客国家論』4-4

Saihen
ガバン・マコーマックさんの琉球新報に掲載されたインタビュー記事を紹介します。これが最後です。

最近は米軍再編に係わる資料読みばかりしているのですが、ナシクズシで日本が変わっていく様はおそろしい。沖縄が遺棄されていく様は情けない。「シカタナイ」という言葉のもつ政治性を自覚しなければ、と思う、今日この頃です。

-------------------------ココカラ

『顧客国家』論4-4

<日本国家の中で沖縄はどう位置付けられるか>

 米国の日本占領は、本土と沖縄を分ける分断国家政策だった。つまり日本本土を平和国家、沖縄は戦争のできる国家として使い分けた。沖縄の人は、日 本に復帰することで憲法9条の下の平和国家に入れると考えたが、実際には日本本土が沖縄のように戦争国家になっていく過程をたどっている。
 小泉 首相は「日米関係が良くなるほど、他の国との関係も良くなる」と発言して日米同盟を重視、有事法制整備、自衛隊イラク派遣と米国への傾斜を深めた。米軍再 編で米の軍事戦略の中に入ることになり、日本の独立はとけてしまう。今のアメリカは日本人が考えているような人権擁護の国ではなく、軍事力というハードパ ワーに頼った暴走する超大国になっている。
 これまで日本は金を出しても海外に兵は出さなかったが、今度は「極東の英軍」として、イギリスのよう にアメリカと一緒に戦うようになるだろう。次はスーダンソマリアへの派遣を要求されるかもしれない。特に憲法をはじめ国内法が改正されれば、歯止めがな くなる。憲法がこのまま続いても安倍さんたちは解釈を拡大するだろう。
 沖縄は大きな歯止めになった。この10年間、日本はアメリカに新しい基地を造ると約束したのに、できなかった。沖縄の人びとが反対したからだ。アメリカの軍事戦略に反対して、普天間飛行場辺野古移設を10年止めた。非常に大きな役割を果たした。

(了)
-------------------------ココマデ

くどくど、解説モドキはすまい。
参考になるウェブ上の資料の紹介だけします。

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日本国が沖縄や奄美・小笠原を切り離して独立した、いわゆる「サンフランシスコ講和条約」。その際に日米で結んだ(旧)日米安保条約
安保条約は差別的とかの議論で改定されて現在に至る。現行の安保条文と、日米安保協力の変遷防衛庁のホームページで読める。

60年安保や70年安保などの民衆の闘争の事実は、防衛庁のホームページで詳細がわかるはずはないので、いろいろ自分で調べてみよう。

江上能義さんの「米軍再編と沖縄」は、復帰前後のことと米軍再編のことにもふれておられる。沖縄県総合教育センターの「戦後沖縄」で、歴史を知ることもできる。

日本復帰に関して、沖縄がどのようにしたかは様々な評価があるが、米軍基地をそのままにしようとする日本政府に対して沖縄行政が申し立てようとした幻の「復帰措置に関する建議書」がある。沖縄のQABがニュースで触れているが、ネット上では「建議書」本文を読むことはできない。

ネット上では、沖縄の自立解放に連帯する風游サイト!が、沖縄の独立・自立にかんする論文等を豊富に紹介している。

米軍再編や一連の《顧客国家》としての行為の積み重ねで、「日本の独立は溶けてしまう」が、沖縄がこれからどうするかについて、「基地と振興策」を超えていくためにも「建議書」がどのように扱われてきたのかを検証する必要がある。

日本の沖縄化がすすみ、国家を縛っていた憲法も改正(クーデターのごとき状態も想定される)され、アメリカと一緒になって先制攻撃をする独立が溶けた日本から、沖縄が「独立」する道を選び取ろうと動くことは考えられなくはない。

ガバンさんの語る「沖縄は大きな歯止めになった」という過去形に、現実のシビアさがいたたまれなく浮かび上がる。

県知事選挙の結果がどうなろうと、沖縄の闘いは続かざる得ない。
市民を分断し名護市に打ち込まれた「協力メカニズム」の増殖を食い止めるためにも、その傷の痛みを哀れみ感傷に浸るのではなく、「協力メカニズム」を脱構築し、生き生きと暮らせる地域をつくりだすためのオルタナティブをつかみだし、前を向いて歩いていくしかない。

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ガバンさん、わたしは相変わらず、元気です。