宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

基地と振興策(下)

沖縄は快晴。大汗を流しながら、支持者を訪問し、市議選の挨拶をしながら様々な話をお聞きしている。でたらめな状況を変えたい、変えて欲しいという思いを受けとめ、一歩ずつ前進する。それにしても暑い。帽子が必要。
任期中にこれからの道筋をつけたいと額賀長官が8月中には来沖するらしい。

基地と振興策(下)

     宮城康博(名護市議会議員)

防衛庁」による統治

 本土復帰した一九七二年に作られた「沖縄開発庁」は、政府の沖縄に関する振興開発行政を一手に担っていたが、一番重要な基地問題への対応が鈍い(所管外)などの批判もあり、九五年の米兵による暴行事件以後、内閣が直接沖縄問題に対応し官房長官が事実上の沖縄担当大臣になった。その後(二〇〇一年)の省庁再編で開発庁は廃止され、内閣府に沖縄及(およ)び北方対策担当大臣が誕生した。
 今回の閣議決定では、その内閣府の影が急速に薄くなるほど、防衛庁が前面に出てくることになった。六月十二日、北部振興策の継続等について、北部の首長たちは防衛庁に陳情に出かける。休止している北部病院の産婦人科には防衛医官が派遣される。防衛庁長官は五月三十日の参院外交防衛委員会で「北部振興策を全部廃止するとは言っていない。もっと大きく、新たな発展構想を考えるべき」と答弁している(本紙五月三十一日朝刊)。まるで「開発庁」から「内閣府」そして「防衛庁」へと、沖縄を統治する政府部局が世替わりしているようである。「県土の均衡ある発展」のための「北部振興」をなし崩しに捨て去り、このまま防衛庁による分断・統治を受け入れるのか、沖縄は大きく問われている。

安保に捧げた「沖縄」

 日本政府は一九七二年の沖縄の本土復帰の際に、「核抜き本土並み」という沖縄県民の要求を無視し、米軍の基地自由使用を認め経費を肩代わりする「密約」を交わした。七二年以降、本土の米軍基地は減り続け、沖縄は増え続けるという経過を辿り、75%の在日米軍基地が集中する「基地の島・沖縄」が現在である。
 米軍再編でも、県民の大多数が反対する世界一危険な普天間基地を県内移設しか認めない。しかも、代替施設が完成するまで、普天間の危険性は放置され続ける。「日本政府」にとって沖縄とは、安保のために米国に捧(ささ)げた島でしかない。
 防衛庁長官閣議決定後、テレビなどのメディアで「普天間返還の決定」を自身の成果の如く発言し続ける。九九年の閣議決定が、何ゆえに実現できなかったのか、県内移設という日米両国の基本姿勢に問題はないのか、根本問題がなおざりにされている。
 シュワブの陸上部分から工事を始めることで、反対派の抗議行動の影響を回避できるというが、陸でも海でも反対行動が起きれば混乱は不可避であり、一国の政府が考えるまともな解決策とは到底思えない。米国も「実効性については日本政府の責任」とその点についてはいっさい言及しない。
V  V字形滑走路も、仮定に仮定を重ねた案でしかなく、風という自然相手の話で離陸と着陸が想定通りに厳守されることはありえない。ましてや、訓練基地であるという前提を考えると、米軍にとっても近隣住民にとっても危険極まりない話である。安保条約の履行という前提からは優先順位の低い住宅地上空を飛ばないなどの条件は消え去る運命である。東村長は前述した四月七日の記者会見で「額賀マジック」とV字案を評したが、マジックとは「まやかし」の意である。このまやかしは、頓挫(とんざ)したSACO合意よりも拡大し酷(ひど)くなった新基地建設という事実を覆い隠せない。

「基地と振興策」を超えて

 「ロシアも中国もフランスも、少しでも国益の一致できる国を見いだし、できるだけ多くの国と関係を築いて安定性を高めようとしているではないか。米国の要求をストレートに受け入れているだけでは日本は国際的な孤児になる。その最たる犠牲は沖縄だ」(本紙五月十五日朝刊)という西山太吉氏の指摘は重たい。
 「犠牲」の見返りの「振興策」を求め踊ることは、さらなる大きな犠牲を現在と将来のウチナンチュに押し付けるという、「振興策」の影の深さを沖縄の首長たちは気づくべきである。
 現在の混迷を抜け出るには、自立への自信のなさから沸き起こる政府への依存心を克服し、政府に対してはっきりもののいえる沖縄を目指す必要がある。このままでは、沖縄に尊厳ある未来はない。私は、沖縄の未来のためのみならず、他者を殺戮(さつりく)するのではなく共生する社会を作り出すためにも、米国の要求を受け入れるだけの日本政府を変革する必要があると確信する。「基地と振興策」の現在は、決して沖縄の将来を「自立」へと導くことはない。