宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

ぼちぼちリハビリ

Yosikazu あれからいろいろあったといえばあったし、たいしてなにもなかったといえば、そのとおりでもある。メディアで名護市長の顔を見ていると、洒落じゃなく吐き気がしてくる。市役所の職員の顔を見ると、その吐き気を思い出すので、恐くて市役所にもいけない。そんな日々であった。独善派のY0さんたちが例によって独善的に元気で、いい大人の公での独りヨガり気色悪く、ますます内的亡命気分である。

 米国の傀儡政府である日本政府は、本日、閣議決定とやらを行ったらしい。99年にも閣議決定は行っている。性懲りもない。つぶしにかかるために動き出す準備をしなければなるまい。いつまでも引きこもっているわけにもいかないので、そろそろ、社会復帰するリハビリにはいる。

 先々週、ガバンさんがたずねてきてくれた。韓国から豪州への帰りに寄ってくれた。本当にうれしい「お見舞い」だった。リハビリに励もうと思う。

下記は引きこもっている間のメモの一部。

515日夕刊が報道している「駐留軍等再編円滑化特別措置法案」(仮称)の内容に注意を払うべきである。報道によると、名護や岩国を念頭に置いた特別な振興策は、「再編関連閣僚会議」(首相を議長)を立ち上げ、関係自治体の申請を踏まえ対象地域を指定する「再編地域振興特別計画」を策定し、事業補助率のかさ上げなどの優遇措置を行うものである。シャブ付けになるのは必至。

特に注意が必要なのは《再編交付金制度》である。再編基地を「再編関連特定防衛施設」とし、事業の各段階(アセス・着工・完了)に応じて増額する交付金。反対運動への市当局および利害関係人である漁協や土建屋等の圧力が陰に陽に増すことが想定される。

59日の琉球新報朝刊掲載の「問われる民意」9(佐道明広)
沖縄が中央に「掌握」されたという指摘は正しい。以前「島田懇談会批判」で指摘した市が政府に直接コントロールされるという問題。佐道氏はおかげで県と市がバラバラになったこと(中央政府はバラバラな沖縄は恐くない)、沖縄が中央依存の進展で自らの将来像を語らなくなったことなどを指摘する。中央と沖縄の関係を改めて問い直す時期にきていると考える指摘は重要である。

OTV5月25日昼間ニュースによると、島袋吉和は市長就任激励会の中で「北部12市町村が名護市の合意へ支援を表明したため、県下の皆さんが静かになった」と述べたらしい。静けさをどのように考えるべきか。憂鬱は深い。私自身は、耐え難い現実に直面して、公的世界からの引きこもり(「内的亡命」=アーレント)に陥っているような気がする。

「合意」をめぐるタイムス・新報両紙の文化面の連載記事
様々な筆者。島袋純氏(タイムス5.11)や佐道明広氏(新報5.09)など、有意義な記事もあるが、まとめて読んだ印象としては感情的な記事多い。
反対のプロパガンダが近視眼的遠吠えのようで逆効果。友人のNは、日本人を糾弾するあまり名護市長を免罪する。本土紙ならまだしも、地元紙に載せることの政治的効果を考えるべき。
市長選の雑誌の記事。藪睨みイデオロギーが幻視する「名護市民投票以来の運動の積み重ね」。運動政治と選挙政治を混同し、運動を選挙に利用するヤカラと共に運動を貧しくする。